津軽弁訛りの行政書士さんのブログ

年は、昭和26年生まれ、うさぎ年の66歳になります。その年は、行政書士法が生まれた年でもあります。そして第一回目の、NHK紅白歌合戦が始まった年だそうです。昭和45年、18歳の年で、青森県警察の門をくぐりました。その年は、大阪で万国博覧会が開催され、歌では、黒猫のタンゴが流行った年でした。警察人生では、むつ警察署、青森警察署、八戸警察署、警察本部捜査第一課、そして最後、警察本部刑事企画課で勤務し42年間のうち40年間を波乱万丈の刑事畑で働かせて頂きました。その次の日、平成24年4月から、環境管理専門員として勤務し、管内の大半の産業廃棄物処理事業所等に職員と立ち入り適正処理の助言・指導を行ってきて、廃棄物行政の重要性を学ばせていただき平成29年4月に5年間の勤務を退職しました。
そして2017年6月1日付で、47年間の集大成として、皆様に、少しでもお役に立てればとの思いで、「千島行政書士事務所」と「千島コンサルタント事務所」の設立に至りました。
私のモットーは、誠実に生きること・道徳と遵法精神を尊重(コンプライアンス)すること、死ぬまで向学・向上の心を大事にすること、そして生涯現役でピンピンコロリです。趣味は、囲碁と家庭菜園と津軽民謡歌唱を楽しんでいます。皆さんも、ボケ防止に囲碁と腹から声を出し健康にいい津軽民謡に興味を持っていただければいいと思いますよ。津軽民謡は津軽弁の訛りが大事なんですよ。そのうち、皆さんに聞かせるかも?

28歳誕生日&奇襲の前後①

今日は、私の28歳の誕生日です。


オイオイさん:どうしたんですか・・・急に大丈夫ですか?


あのさ、平成2年3月15日、28年前の今日が、あの世のお花畑をみて三途の川を渡れずに戻された命日なんです。28年になりました。
最近亡くなった、俳優の大杉漣さん急死 66歳も、私と同じ病名(急性心筋梗塞)だと思います。


長男が中学3年、娘が中学1年の父親38歳でした。


突然襲われた。・・・と思っていましたが、そうでもなかったのです。
実は、1週間前に予兆(取り調べ中でしたが、胃が痛み出して、なんと、被疑者の方が、私の顔色等の症状を心配してくれて、近くの病院へ受診に行ってきました。先生は、風邪の様だから注射を打てば治るとのことで注射をしてもらってまた職場へ戻り取り調べを継続したものです。)そんな予兆がありました。・・・聴診器を胸に当てていただければ最悪にならなかって様です。今でも残念に思います。


胃の痛みは、その後、なくなりましたので、軽い風邪だったのだろうと、休むことなく仕事に出て取り調べを継続してのです。
この被疑者の方は、平成元年11月に逮捕されて逮捕当初から私が取調官を担当していたのです。だから、取り調べが4か月も継続したのです。


3月15日の朝、前日の14日は、週に1度の当直(17:00-8:30)でした。
3月14日の夕方は、5~6件の連続の空き巣事件の申告があり夕ご飯を食べれないで現場処理にあたって、深夜10時ころに、ラーメン店でラーメンを食べて役所へ戻り、処理作業して深夜1時過ぎに役所の仮眠室の床へ入ることができました。


15日の午前7時ころに起きて、洗顔をしたときに我が顔を見たとき「これは私の顔か」疑うほどの浮腫んだ症状でした。が、疲れ、寝不足からだろうと考え、朝のミーティングでの当直での取り扱い事案を報告して、取り調べは、昨夕の現場をもう一度確認してきてからにしようと決め、部下の刑事さんと捜査車両で出かけたのです。


本震が来たのは、11:00ころでした。
今回は、本震の1時間前で終わります。


なぜ、皆さんに披露したかは、私同様に38歳のころの若さでこの病気に罹っても大丈夫、心配することなく普通に生活ができることを一番に教えたいと思ったことからです。
それは、私が患った後に、どのように生活をすればよいのかというアフターの本をアサってみましたが、参考になる本はありませんでした。罹らないための本はあるのですが病後の本がありませんでした。この病気から生還した方はアフターが一番心配だと思います。


是非、私と同様の病気で倒れて間がない方は、私の千島行政書士事務所のホームページのプロフィールを閲覧いただければ参考になると思います。


ということで今日は私の28歳の誕生日なのです。


今日は、午前中、企画していた、津軽民謡を歌っての慰問について、依頼のあった施設へ行き打ち合わせ、午後からは、2~3日前に依頼のあった車庫証明申請と希望番号予約済証を取得完了して依頼者の秋田県へ郵送して一応終わりました。


気温が高くなり一気に雪解けになりました。
菜園作業ができるようになればいいです。へばね