津軽弁訛りの行政書士さんのブログ

 皆様に、少しでもお役に立てればとの思いで、「千島行政書士事務所」と「千島コンサルタント事務所」を設立しました。
 事務所の各業務のうち、特に、廃棄物の適正処理のコンサルタント、相続・遺言、家系図の作成を得意に事業を推進しております。
 私のモットーは、誠実に生きること・道徳と遵法精神を尊重(コンプライアンス)すること、死ぬまで向学・向上の心を大事にすること、そして生涯現役でピンピンコロリです。 
 趣味は、囲碁と家庭菜園と津軽民謡歌唱を楽しんでいます。皆さんも、ボケ防止に囲碁と腹から声を出し健康にいい津軽民謡に興味を持っていただければいいと思いますよ。津軽民謡は津軽弁の訛りが大事なんですよ。そのうち、皆さんに聞かせるかも?

悔いのない人生と我が家の花

「悔いのない人生」という題名にしました。
どなたでも悔いのない人生を送ろうと思っているでしょう。
私事ですが、そういう人生になりたいと現在、必死で取り組んでいることがあるので紹介したいと思います。
今年初めころ、行政書士業務として、お客さんからの依頼で家系図調査することになり依頼の案件は先日、無事済ませ引き渡しを終了しました。が、実は、併せて、自分の家系(両親)調査もしていたんです。調査前までは、私は、父方の千島は、血筋で脈々と繋がっていると思い込んで、なにも疑問を感じていなかったのです。
それが、古い戸籍調査から、私の、本家筋の曾祖父(明治元年生まれ)が、養子だったことが初めて分かったのです。
曾祖父の母が、乳飲み子の曾祖父を伴って、高祖父と婚姻して、曾祖父を二人の養子にしていたのです。
戸籍簿をみて、間違いでないのかと驚きました。
このことを、はっきり解明させないうちは死んでいられないとの気持ちになり、それ以来、曾祖父の実父(高祖父)を判明させるために、関係市町村に現存されている旧戸籍確認のために、直接、足を運び隈なく調査してみました。が、大きな壁にぶつ当たり確認できませんでした。
その壁は、人権差別的な記載だとのことで公開されていない、明治5年に編成された壬申の戸籍なのです。それを見せていただければ確認できて、曾祖父の実父が〇〇と証明され、公に正式に表明ができるのです。


私は、元捜査官です。
実は、戸籍の調査と併行して、現存している私の父の従兄弟90歳前後にあたる方々からの聞き込みと、その裏付け調査等の関係者聞き込みによって、99%の内容の曾祖父の実父(血筋上の高祖父)が、どこの人かという伝聞事実を知ることができたのです。
残る人生、私が、自分の血筋を正式に表明することができるために、全力を注ぎ、必ず、曾祖父の実父は伝聞された人と父子関係にあることを証明する事実を探すという強い思いです。


悔いが残る人生では終わりたくないですよ。
明治5年に編成された壬申の戸籍の公開を求めていきます。


ちなみに、高祖母(曾祖父の実母)は、ある村史に、凄い褒め言葉で掲載されその記事に曾祖父の名前も掲載されていたことも調査の経過で判明しています。
早いうちに調査しなければ、昔を知る方が去ってしまいます。


私の記事を見た方も、自分の先祖の戸籍調査してみては如何でしょうか。
私と同じかもしれませんよ。
へばね


最後に、我が家の今日のシンビジューム等をご覧くだいただきストレス解消をしていただければ幸いです。


へばね